爺やが若い頃あるテレビ番組からある意味 学び として、
教えられたことがあります。
哲学的な事になると思うのですが、
なるほどと思わせる言葉です。
高校生の青春番組でスポーツは剣道でしたが、
滝が出てくるシーンで、
おばあちゃん剣士が高校生の若い剣士に諭す言葉です。
なぜ滝は上から下に落ちるか分かるか?
なぜ水はその器に姿を変えるのか分かるか? 的な感じでしたが、
その答えに な~るほど と感じたことが、
ある意味においては 学び として記憶に残っています。
滝が水しぶきをあげながらの背景シーンで、
そのおばあちゃん剣士が曰く 逆らわない 当たり前 自然だからじゃよ、
的な感じでその若い高校生の剣士に諭している、
つまり、肩の力を抜け 自然体が大切なんだよ 的に諭している、
そんな感じの言葉でした。
滝の水は決して下から上に流れることはない、
水は何の抵抗もせずに器の形に姿を変える、
それって、当たり前であり昔も今もこれからも変わることは無い、
しかし、人は無理な力で関係を悪化させたりしてしまう。
素直になりなさい 的な感じであったように記憶しております。
このブログにも文言を変えながら自然と言うお話していると思うのですが、
若い頃でテレビがカラーになって間もない頃の番組であったように、
記憶しております。
その諭された側の高校生役はその後政界入りし、
知事をも務めた事も有る方です。
当時の青春番組では人気のあった番組で、
あ~!あの人が若い頃に主役を務めた青春番組か!?
と、お分かりになる方もいらっしゃるかも知れませんね?
ただ、学びとはテレビ番組のみならず、
ご自身が生活している中でもいろいろなシーンで、
学べることなど多々あるものです。
勉強から学べる事や仕事などから学べる事や、
人間関係などから学べる事や日常の生活などから学べる事や、
ニュースや自然現象などなどから学べる事など、
人として学べることは老いも若いも無く、
いつでも何処でも学べることはあると思います。
しかし、爺やはそう思ってはいるものの、
人として完成しているか? と言えば、
とんでもない事で、まだまだ未熟者としか言えません です。
爺やになってもまだまだ未熟者であるならば、
いつになったら成熟するの? と聞かれたなら、
人生を全うしたとしても、
死ぬまで一生未熟者であると思います。
人としての学びとは生涯の学びだと爺やは思うし、
十人十色とも言いますが人はそれぞれであり、
人生において同じシーンであっても、
学びや感じ方が違ったりするのも当たり前であります。
ただ、昔々あるテレビ番組からある意味 学び として、
教えられたことがそう言えばあったよな~ と、
若かりし頃のその当時の事をふと思ったことですが、
皆様にお話ししてみようと思った爺やです。