爺やが学生時代のクラブの先輩より、
同期会の宴会やるから、
宴会出来る場所の選定と予約を頼まれた!
学生時代なので全国から集まる先輩たちのお世話になるわけで、
えらいっこっちゃ! ですが、
10年前にも頼まれまして今回で2回目です。
頼んできた先輩は爺やが学生時代に所属していたクラブの先輩で、
その先輩は体育会の会長をされておられた先輩です。
なので、大学の所属する体育会のまとめと役なる事務局の会長です。

その先輩が、大学が主催する大学を卒業して20年目以降10年毎に、
自身が通った大学を訪ねてみませんか と言う大学の宣伝を兼ねたような、
そんな行事が大学主催で毎年秋に行われます。
その大学からの招待行事に合わせてその前日に、
いろいろなクラブの体育会の先輩たちが来るのですが、
学生時代の各クラブのお友達同士が全国から集まる、
その宴会を大学がある地方の都市部に住んでいる爺やに、
お声が掛かって来たと言う事です。
その時代の体育会の会長は、
爺やが1年の時に4年なので3歳年上となりますが、
爺やが所属した体育会のクラブは武道系でしたので、
今ではとてもとても考えられない程の上下関係がありまして、
他の武道系であってもどこも同じような感じではありましたが、
1年奴隷 2年平民 3年天皇 4年神様 と言われて、
当時の1年生の奴隷が3歳年上となる4年生の神様と、
お話など出来る状態には無かったですね!
爺は当時としてもあんまりなもんで退部届を出したのですが、
4年生の幹部と言われる先輩達があまりにも怖くて結局のところ、
退部届を出しても退部できませんでした。
1年の時のクラブ勧誘期間は甘い言葉で勧誘を行い、
爺やが所属したクラブで入部した人数はまだ覚えていますが、
24名が入部しました。
しかし、クラブの勧誘期間が終わると、
手のひらを返したように2年生や3年生や4年生との上下関係が始まり、
その先輩達が 黒 と言えば、白いものでも 黒 的な感じで、
特に、幹部と呼ばれる4年生の先輩達の言う事は絶対的な感じでありました。
東京での試合の大会で他大学の様子を見ていると有名大学ながら、
それでもうちの大学は地方にあるだけまだマシかな、
と思える光景を見ることもありましたので、
当時の大学時代をそうした環境で過ごされた方々は少なくないはずです。
なので、24名入った同級でも次々に辞めて行ったのですが、
当時の爺や的には、よほど勇気の有るやつしか辞めれない、
と思ったことがあります。
結局残ったのは半分の12名ですが、
格闘技が好きで残った奴と、
当時の爺やのようにあまりにも先輩が怖くて辞めれなかった奴とで、
結局1年間で12名が辞めて残り半分の12名が残り4年間続けました。
しかし、残って4年になった爺や達は結局のとこと4年間続けて良かった!
と言う思いはみんながあり、
全国に居る同期のクラブの友人達とは今も連絡を取り合ったり、
5年に一度の同期会を持ち回りで各暮らしている地元で行ったりしています。

そんなクラブのそれも当時の3年先輩の体育会の会長からの頼みであれば、
卒業してからすでに半世紀以上も過ぎてしまい、
私も今では爺やになってしまっているのですが、
それでも先輩からの頼みは断ることなど出来るはずもありません。
なんだか訳の分からない人間関係では有りますが、
常に先輩と連絡を取り合っている訳でもなく、
突然の連絡で ”頼む!” と言われれば ”分かりました!”
となるのは当たり前です。
当時の体育会の会長からの声掛けでありますので、
いろいろなクラブの先輩たちが来る訳で、
当然の如くに爺やが所属していたクラブの先輩達も何名かは ”来る”、
と伺っておりますので緊張します。
人数的には各クラブの主将クラスや体育会の役員として、
各クラブから出向していた先輩たちだと思うのですが、
前回は40名弱でして今回も同じ位の人数です。
全国から集まってまいりますので、
楽しい一時を過ごせる宴会となるように爺やもお手伝いさせていただきます。
肝心な会費や宿泊については遠くに離れた先輩が手配し、
参加される皆様に連絡されていますので、
爺やはその人数と会費に見合う宴会場を二次会と合わせて2個所設定し、
そして、その宴会に3歳年下の爺やも参加となり、
宴会のお世話をさせていただきます。
これも思い出に残る人間関係の一コマであろうと爺やは思いながら、
お手伝いをさせていただきます。
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